人生の重大な局面で、最も信頼しているはずの人が寄り添ってくれなかったら、あなたはどう感じますか?
とくに命に関わるような緊急事態において、平然と背を向けられた記憶は、時が経っても消えることはありません。
家族としての絆は、平時ではなく有事にこそ試されるものです。
自分の非を認めず、都合のいいときだけ歩み寄ろうとする不誠実な態度に接したとき、私たちは関係の修復ではなく、決別の道を選ぶ必要に迫られることもあります。
今回は、過去の不義理を棚に上げて平然と連絡を寄越した夫の振る舞いを通して、自分を守るために整理しておきたい考え方をまとめます。
2年半越しの無神経な通知
私の母が夫を快く思わなくなってから、もう随分と時間が経ちます。
その決定的なきっかけは、私が過去に救急搬送された際、入院や手術が必要な深刻な状況に陥ったときのことでした。
母は慌てて夫のLINEに『娘が救急車で運ばれた!』と送り、続けて『急いで来て!』と必死に付き添いを求めました。
しかし、夫から返ってきたのは耳を疑うような一言でした。
『無理です!』
仕事を優先し、生死の境にいる私のもとへ駆けつけようともしない冷酷な拒絶。
母は絶望し『…わかりました』とだけ返し、それ以来、2人の間には厚い氷壁のような沈黙が流れていました。
ところが、あの悪夢のような出来事から2年半が経過したある日のことです。
私が買い物で帰宅が少し遅くなった夜、夫はあろうことか、家で会話もない状態な母に、平然と連絡を入れたのです。
「遅くなるときは連絡するように言ってるんだけど、お前どこにいるんだよ」
救急搬送のときは沈黙を貫いた夫が、自分の夕食や生活の不便という些細な理由で母を頼る。
そのあまりの矛盾に、母の怒りはついに爆発しました。
「まだあのときのこと、謝っていないでしょ!?」と母が電話口で告げると、夫は反省するどころか信じられない言葉を吐き出しました。
「前のことをいつまでも引きずって!説教とは何事だ!」
母が冷静に「まずは謝ることが先でしょ?」と諭しても、夫にはまったく響きません。
やがて怒りの矛先は私に向けられ「お前の母親は非常識だ」と何度も責め立ててきました。
自分の過去の不義理を完全に棚に上げ、平然と常識を語る姿を目のあたりにして、私はこの人とはもう言葉で理解し合うことはできないのだと、心の底から痛感しました。
最後に
家族としての最低限の義務すら放棄した過去を「終わったこと」として片付け、自分の都合だけで相手に歩み寄ろうとする姿勢は、誠実さに欠けていると言わざるを得ません。
謝罪よりも先に自分の権利を主張するような相手と、対等な関係を築くのは非常に困難です。
もし、身近な人があなたの心や家族を軽んじるような言動を繰り返すのであれば、それは「性格の違い」で済ませるべきではありません。
あなたが受けてきた傷を軽視する相手に、これ以上の配慮を払う必要はないのです。
自分と自分の大切な家族を守るために、今の関係が本当に必要なものなのかを冷静に見極める勇気を持ちましょう。
※Grapps編集部が独自に収集した実際の体験談をもとに記事化しています
