子どもの急病という非常事態に、夫がどのような振る舞いをするか。
それは、その後の夫婦関係を左右する決定的な分岐点になります。
共に戦う「戦友」になれるのか、それともただの「他人」に成り下がるのか。
今回は、家族の危機に際して夫に絶望したとき、まず整理しておきたい考え方をまとめます。
無神経すぎる夫の言葉に…
1歳半になる娘が、夜中に突然豹変しました。
家中をドタバタと走り回り、ただ事ではない様子に慌てて抱きしめると、体はかなり熱かったのです。
体温計で測ると、なんと40度。夜間救急に駆け込みました。
高熱で意識が混濁しているのか、娘は院内でも暴れ、泣き叫び、私の手からすり抜けて走り回ろうとします。
診断は重度の感染性胃腸炎。そのまま娘と私の入院が決まりました。
付き添っていた夫は、入院の手続きが終わると「ゆっくり治療してね」と、どこか他人事のような顔で帰宅していきました。
そこから、私の孤独な闘いが始まりました。
点滴を嫌がって泣き叫ぶ娘を母乳で寝かしつけ、一睡もできない夜が続きます。
自分の食事は売店のパンで済ませ、片時も娘のそばを離れられません。
着替えを取りに来てほしい、あるいは少し様子を見に来てほしいと夫に電話をしても、なかなか繋がりません。
ようやく出たと思っても、用件を伝えた瞬間に「あ、忙しいから」と一方的に切られる日々。
私は、数日間シャワーすら浴びることができませんでした。
髪は脂ぎって、体はベタつき、鏡に映る自分はボロボロ。
それでも、娘の命を守ることで精一杯だったのです。
ようやく退院が決まった日。
私は夫に『娘、やっと退院だって』『私もやっと風呂に入れる!』と安堵のメッセージを送りました。
すると、すぐに返ってきたのは労いとは程遠い、耳を疑う言葉でした。
『え、もしかして風呂入ってないの?』『汚いな~』
スマホの画面に並ぶその文字を、私は何度も読み返しました。
数日間の私の苦労を、この人は「不潔」の一言で片付けたのです。
怒りで指が震え、私は即座に返信を打ち込みました。
『あのさぁ…。娘の看病で一睡もしてないし、片時も離れられなかったんだけど。私がどんな思いで娘の横にいたか、わかってるの!?』
結局、夫からの謝罪はありませんでした。
夫にとって、娘の入院生活は「自分が自由になれる期間」でしかなく、私の献身はただの「汚い状態」としてしか映っていなかったのです。
このとき、私は悟りました。
この人は、私が1番辛いときに心を寄せてくれる存在ではないのだと。
家族の危機を1人で背負わなければならない現実が、冷たく胸に突き刺さりました。
最後に
夫の真価は、平穏な日常ではなく、予期せぬトラブルに見舞われたときにこそ露呈します。
看病に明け暮れ、自分を後回しにして戦った妻に対し、メッセージ1つで「汚い」と言い放つ無神経さは、単なる価値観の相違では済まされません。
もし、あなたが同じような孤独を感じているのなら、まずは「自分を1番に労わること」を許可してください。
相手に期待し、裏切られるエネルギーを、自分自身の回復のために使うのです。
非常時に支え合えない関係性を直視するのは苦しいことですが、その違和感を無視せず、自分の人生の優先順位を再定義するきっかけにしてください。
※Grapps編集部が独自に収集した実際の体験談をもとに記事化しています。
