義実家との付き合いにおいて、食事の席は親睦を深める大切な場であるはずです。
しかし、善意を装った執拗な嫌がらせの場へと変貌してしまったら、あなたならどう対処しますか?
何度も伝えているはずの「苦手なもの」をあえて食卓に並べられ、笑顔で食べることを強要される苦痛は、経験した者にしかわからない深い孤独を伴います。
今回は、義実家との体験談を通して、自分の心を守るために考えておきたいことを整理します。
逃げ場のない「善意」の食卓
義実家の近くに住んでいる私たちは、頻繁に「夕食を食べにいらっしゃい」と誘われます。
夫や子どもたちが喜ぶ姿を見て、私も波風を立てないよう同行してきましたが、そこには毎回、私がどうしても食べられない「寿司」が大量に用意されていました。
以前から何度も苦手だと伝えているにもかかわらず、この光景は繰り返されていました。
あえてやっているとしか思えない義母の振る舞いに、私はLINEで精いっぱいの抵抗を試みたことがあります。
義母からの『夕食を食べにいらっしゃい!』という誘いに対し、私は遠回しに拒否しようと『いや、でも…』と返信しました。
しかし、義母から返ってきたのは『私の善意を無下にするの?』という、断ることを許さない高圧的な言葉でした。
私は震える指で『だって、お義母さんの料理は…』と、私が食べられないものが並ぶ辛さを伝えようとしましたが、結局その声が届くことはありませんでした。
当日、義実家のテーブルに並んだ寿司を前に、なにも手をつけないという無言の反撃を試みた私に、義母はすかさず「なんで食べないの?おいしくなさそうに見える?」とイヤミを投げかけました。
周囲の視線が集まる中、私は涙目になりながらも引きつった笑顔を保ち、吐き気をこらえて寿司を頬張るしかありませんでした。
最後に
「よかれと思って」という言葉を盾にした攻撃は、受ける側にとって最も逃げ場のない苦痛となります。
何度も苦手だと伝えている事実を無視し、あえてそれを食べるよう迫る行為は、相手に強い苦痛を与える振る舞いだと言えるでしょう。
もしあなたが義実家との関係で自分を削り続けているのなら、一度立ち止まって考えてみてください。
家族の幸せのために自分が我慢するだけでなく、ときには明確な距離を置くことが、結果として自分自身の尊厳を守ることにつながります。
善意を盾にした無理強いに、我慢し続ける必要はないのです。
※Grapps編集部が独自に収集した実際の体験談をもとに記事化しています
