おめでたいはずの新年の集まりが、一生忘れられないほど苦い記憶に変わってしまうことはありませんか?
とくに出産という大仕事を目前に控えた繊細な時期、身内からの無理解な言葉は、ナイフのように深く心を傷つけます。
自分たちの時代と現代を安易に比較し、今の苦しみを「甘え」と切り捨ててしまう価値観の相違は、ときに修復不可能な溝を生んでしまうものです。
今回は、新しい命を迎える前に直面した家族の軋轢から、自分と子どもを守るために優先すべき境界線の引き方をまとめます。
画面越しに飛んできた怒号
出産を2月に控えた、ある年始のことでした。
妊娠9ヶ月をすぎた私の体は限界に達しており、激しい背中と腰の痛みで歩くことさえままならない状態でした。
医師からも「無理は禁物」と釘を刺されていましたが、親戚が集まる義実家への新年の挨拶を欠かすわけにはいかないと思い、事前に義母へLINEで相談を入れることにしたのです。
スマホの画面を見つめながら、私は今の体調を正直に打ち明けました。
『出産を来月に控えてて』『親戚の集まりには…』と、体調への不安を込めて送信したのです。
しかし、返ってきたのは労わりとは正反対の、冷酷な言葉の礫でした。
『何甘えてんのよ!許されるわけないでしょ!』
私の不調を、義母はただの「怠慢」だと決めつけたのです。
さらに義母の怒りは加速し『私の若い頃はそんなの許されなかったわよ!』という、時代錯誤な根性論が次々と送りつけられてきました。
あまりの剣幕に立ち尽くす私を見て、隣にいた夫がたまらず自分のスマホからグループラインに割って入ってくれました。
『母さん、それは…』と、私の体調を慮るフォローを入れてくれたのです。
しかし、義母の癇に障ったのは、他ならぬ息子が嫁の肩を持ったことでした。
当日、這うような思いで訪れた義実家でも、義母の態度は変わりませんでした。
休むことすら許されない空気の中、ついに耐えかねた夫が「母さん!いい加減にしろよ!」と義母を一喝。
その場は凍りつくような気まずい沈黙に包まれ、私たちは新年の挨拶もそこそこに帰路につきました。
後日、何事もなかったかのように「元気?体調どうかしら?」とLINEを寄越す義母の無神経さに、私は今も底知れない恐怖を感じています。
最後に
命を育む時期の苦しみは、決して「甘え」などではありません。
それを理解しようとせず、自分の過去の苦労を引き合いに出して攻撃してくる相手に対しては、どれだけ誠意を尽くしても平行線をたどるだけです。
とくに、世代間のギャップを埋めるのは容易ではなく、身内の言葉だからといってすべてを真正面から受け止めていては、母体も精神も持ちません。
今回のように夫が毅然とした態度を見せてくれることは救いですが、何より大切なのは「自分と赤ちゃんの安全」です。
無理な要求には毅然とNOを言い、理解のない親族とは物理的・精神的に適切な距離を保つ覚悟を持ちましょう。
※Grapps編集部が独自に収集した実際の体験談をもとに記事化しています
