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【女子のばんそうこう】「花恋」で再確認したこと〜その足元に、何がある?

女子のばんそうこう

 

今年初めに映画館で観た「花束みたいな恋をした」が最近WOWOWで放映された。今回も有村架純演じる絹と菅田将暉演じる麦のカップルにうんうん頷いたり地団駄踏んだりしながら観た。

 

(もう多少ネタバレしてもいいと思うので書くけど)、麦くんがイラスト描くのをいったん止めて生活を維持するために就職し、ハードな営業マン生活に突入してからは2人の平穏な関係が変わる。

価値観も生活習慣もじわじわとズレてゆき、麦くんはあれほど大切にしていた2人の大好きなもの(小説、漫画、舞台、ゲーム、お気に入りのパン屋など)への興味と感受性を失ってゆく。失った「なかみ」の代わりに「つらくてもそれが仕事」「そろそろ結婚を考えよう」「だって責任でしょ」など、どっかで借りてきた「かたち」みたいなものばかり持ち出すようになる。

絶望する絹ちゃんの気持ちを考える余裕もなく、むしろ「彼女はいつまで学生気分でいるんだろう?」と歯がゆく思う。自分は「2人の幸せのために社会人男性として正しい道を進んでる」と思ってるから。

このズレは見ていてつらいけど、同時にめちゃくちゃ『あるある』だと思った。

 

社会人にとって会社や所属組織は生活の大半を過ごす場所だ。社風、業界の空気、上司の教え…これまでとは違う価値観や行動様式が否応なしにインストールされる。それに染まらない人もいるけど、劇的に生活が変わった人(例えば新卒など)は染まりやすい。これまでとは違うシャッキリした自分。新しくひらけた世界。手にした権限とスピード感の増大。その反面、今まで一緒にいた人がやけに色あせて見えたりする。のんびり、ぼんやり、甘っちょろい人間だなと思ってしまったりする。

だから学生時代からのカップルが社会人になるとギクシャクし始めたり、転職した夫がいきなり別人みたいになって戸惑う妻、みたいなことがよく起こる。私の周囲でもそれで別れた2人が何組かある。

 

何度か書いてるけど、私もITベンチャーに転職した時は独特の思考にがっつり染まった。「とにかく決める」「できない理由よりできる方法を考える」「AがダメならB、BがダメならC」など。仕事をしてゆく上では、これらは今でも大事な姿勢だと思ってる。

でも当時の私はプライベートにまでこれを当てはめようとした。身内や友人をその理論で激詰めてしまったり、「生ぬるいなー」と見下ろしてしまったり。いま思うと本当に恥ずかしい。

 

こういうズレは、あらゆる「自分と誰か」の間で起こりうる。でも最終的に私たちを守ってくれるのは、本当に大事にすべきなのは、インストールされた「仕事に役立つ思考や行動」などではない、と今は言いたい。

社会性だの、意識の高さだの、効率やスピードだの、そういう「外向きに正しくて良いこと」は案外、自分のくらしを満たさないのだ。高くて遠くて広いところに気がゆき過ぎて、足元を見るのを忘れてしまう。気づいたら自分の生活を踏んづけてて、大事なものやひとが枯れているのを見過ごしてたりする。

 

【女子のばんそうこう】「花恋」で再確認したこと〜その足元に、何がある?

 

年を取るにつれ気づいてく。若い頃あれだけ「ダサくて卑俗で取るに足らない」と思っていたものたちが、ずっと自分を支えててくれたことに。絶望した時、手を差し伸べてくれるのはそういうものたちだけだったりすることに。

 

アナログで、古くて非効率で、特に金にならなくて、昔ほうり捨てたはずで、なんかウエットで、ちっぽけなもの。

そういうものに立ち戻って手入れをしたら、探してたものが見つかったような、乾いてひび割れた部分を潤いで満たしたような、そんな気持ちになって驚いたりする。それでやっとこさ気づく。これは私の人生に必要なもので、代わりのない宝物なんだと。

 

もちろん何が大事かは人それぞれだ。でも、もし麦くんのように「前進してるはずなのにしんどいしイライラするし、大切な人ともギクシャクしてる」みたいな状況だったら、インストールしたものをいったん横において、その足で何か踏んづけてないか確認して欲しいなと思う。

 

先日読んだすなばさんのエッセイ集「さよならシティボーイ」にこんな一節があった。

 

 僕はふと「床磨く日々」の何たるかを了解した。

 大切なものを大切にすることだ。

 

「『床磨く日々』が僕らを救う」と題されたこの一篇における「床磨く」とは、比喩ではなく文字通りの「自分の家の床を磨くこと」だ。洗濯機をまわし、床を掃除し、放っておいた手持ちの革靴を丁寧に磨いてゆくこと。

 

そして先日誕生日をむかえた実弟(既婚・一児の父)からはこんなLINEがきた。

 

 半径3メートルの解像度を上げる、

 というのがここ数年のテーマです。

 身の回りを大切にします。

 

仕事にもまい進する彼らだけど、「ほんとうに大切なもの」を骨身にしみて知ってるなと思った。麦くんの轍は踏まないだろう(いや、踏んだ後に学んだのかもしれない)。それがなんともうれしくてホッとする。私も、いつもそれを忘れないようにしたいと思う。

 

 

【出典】

すなば(2021)「さよならシティボーイ」トーキョーブンミャク

 

 

今日は下におたよりあります!

 

 

今日のおたより

おっしゃるとおりかなーと思うのですが、反面主語が「男性」でくくられてしまうとおじさん年齢の自分としてはそうじゃない人(自分含めて)もいるし!と小さな反発心を持ってしまいます。

うちの父は母を亡くした後から料理学校に通い新たな仲間を作り、囲碁仲間と毎週のようにお茶をしながら楽しく生活しています。自分もそれを見ならないながら仕事、家族に軸足を置きながらも何か熱中できることはないかと探していきたいと思います。(そうかな?)

 

そうかな?さんお便りありがとうございます!男性からのお便りはレアなのでうれしいです。

これはおそらく「幸福のために、女がしていて男がしていないこと。」への感想ですよね。そうですよね、主語が「男」だとあまりにデカすぎて、当てはまらない人は「一緒にしないでくれ!」と思ってしまいますよね、ごめんなさい。おじさんと呼ばれる年齢層の人に「そう」な人が目立つ、というのは確かな実感。でもそうでない人もたくさんいるので、そうでない男性たちはぜひ「俺はこうしてるよ」を声を大にしてがんがん広めて欲しい!

パートナーを亡くした後に悲しさや淋しさはありつつもそうして新しい生活を始めたお父さまは本当に素敵だと思うし、それを見習いたいと思うそうかな?さんの姿勢もすばらしいと思います!こういう考え方や暮らし方がどんどん広まって「そんなの無理」と殻に閉じこもっていた男性にも伝わったらいいですよね。 (あゆみ)

 

「女子のばんそうこう」にお便りください!

コラムに対するご感想、ご意見、共感、お悩み、相談、私の恋愛事情、男について女について、こんどうあゆみへのメッセージ…どんなことでもOKですのでお気軽にどうぞ!
(おたよりは掲載する場合もありますのでペンネームを添えて下さいね)

 

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この記事を書いたライター

広告会社コピーライターからなぜかダンサーに転身、その後IT企業でライター&クリエイティブディレクターとして勤務。共同購入「ギャザリング」やブランド買い取り「ブランディア」の名づけ親。2000年から「広野ゆうな」のペンネームでメルマガやブログを書き続け、ごく一部でコアな人気を博す。現在はフリーでライティング、ネーミング、コピー、コラム、振付など手がける。Blog: 「フーテンひぐらし」 Twitter: @HironoYuna
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