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【女子のばんそうこう】「私を好きな男」が好きじゃない女たちへ。

女子のばんそうこう

 

 

いま周りであまり聞かなくなったけど、20〜30代の頃は「私のことを好きな男なんか嫌い」という女友達が何人かいた。長く彼氏がいない。彼氏は欲しい。チャンスがないわけではない。むしろ複数の男性から告白されたりしてる。でもそのすべてにNOという。理由を聞くと「私のことを好きな男って…途端に冷めちゃうんだよね」。

「思いを寄せていた男性がこちらに振り向いてくれた途端、嫌悪感を抱いてしまう」という癖(へき)を、グリム童話「カエルの王さま」になぞらえて「蛙化現象(症候群)」と呼んだりするらしい。童話の結末とは逆で、素敵だと思っていた男がカエルに見えてくる…ということだろう。件の女友達の場合は思いを寄せている相手ではないにせよ、自分に好意を抱いてくるというその一点で相手の評価を下げてしまうのだ。あんまりじゃないかい?

 

そうなる理由を聞いてみると「私なんかに惚れる男など大したことがない」という。「私なんか」「私ごとき」というワードは私の場合、「私なんぞに惚れてくれたとは何と奇特で違いの分かる素晴らしい男だ!ありがとう!褒美を取らせる」という時に使う言葉なのでびっくりした。

そして彼女たちのその後に続く言葉は大抵「だから私なんかに目もくれないような男が好きなの」である。そうして実際に「カリスマ的でめちゃくちゃ尊敬できる男」や「複数の女が群がる超絶モテ男」ばかりに惚れるのだ。

 

これを読んでる人の中にも、そういう傾向の女子はいるだろうか。またそういうお友達を持つ方も未だいるだろうか。ならばぜひ聞いて欲しい。

 

【女子のばんそうこう】「私を好きな男」が好きじゃない女たちへ。

 

まずその「私なんか」(低い位置の自己肯定)は完全に間違ってると思う。

自分を勝手にモブキャラにしないで欲しい。あなたのことを私は知らないけど、同じことを言ってた女友達はいずれも本当に魅力的で素敵な子たちだった。だからあなたのことを素敵だと思う人たちだって自分が思うより大勢いるのだ。まずそれを認めて、たまには「私って最高じゃん」と調子に乗って欲しい。別にそれを言ってくれた相手を好きにならなくてもいいから、褒め言葉や称賛はそのまま自分が育ててきた自分への正当な評価だと思って欲しい(もちろんゲスいものや下品なものは受けとめなくていい)。あなたのことを好きな人たち本体をジャッジする前に、「私のことを好きな人たちって男女問わず結構いるんだ!」という事実にいったんひたって欲しいと私は思う。

 

次に「そんな私に見向きもしない男」を見つめる温度をいったん冷却しよう。

もちろん彼は尊敬できて魅力にあふれているのだろう。自分にはおいそれと手が届かない、独占できない、そういうところもまた良いのだろう。でもその概念、恋愛にはなくてよくない?そういうの、「推し」でまかなえるよ!もしあなたが心から彼氏が欲しいと思っているなら、推しとパートナーを分けて考えてみてはどうだろうか。

カリスマ男も超絶モテ男も、自分だけのものになる可能性は果てしなく低い。それはあなたの美徳である優しさや努力ではどうにもならない。それどころか彼らとの交流は毎日少しずつ少しずつ、あなたの自尊心を削ってゆく。わざとじゃなくても「僕にとって君は重要ではない」という態度やまなざしは、あなたを少しずつ少しずつ世界のはじっこに吹き飛ばしてゆく。まるでこの世は彼と彼が選び取った人だけが主役かのように勘違いさせる。それは全っ然違う。彼はただ吸引力の強いダイソンみたいな人なだけだ。あなたはダイソンに吸われるちりあくたではない。あなたのステージはちゃんとあり、その真ん中で主役を張らなきゃいけない人なのである。

 

男から向けられる関心=自分の価値ではない。だからあなたがすべきことは、誰かに自分の時間と労力を捧げて「こっち見てー!!」と必死にウチワを振ることではない。さっきも言ったけどそれは「推し」で存分にやればいい。見返りがいらず、きちんと距離を保った憧憬と愛は、ただただ幸せで自分のパワーの源になるからおすすめだよ。

 

それよりも、自分だけが内心できちんと(またはぼんやりと)認識している「わたし自身のいいところ」をちゃんと日光浴させて葉をのばしてやること。それを「大したことない」って勝手に決めて日陰にしまっちゃわないこと。その枝葉を見て「それ、素敵だね」と言ってくれる相手と(好きならなくてもいいから)もう少しだけ向き合ってみることが、いいんじゃないかと思う。

 

パートナーを見つけるというのは、別に「何かしら人より優れた点や客観的モテポイントが必要で、それによって誰かに選ばれるもの」では全然ない。優れた何かを努力で勝ち取る競争でもない。ひとの魅力や良さは人の数だけある。評価ポイントだって同じくらい無数にある。自分がアカンと思ってる点、過去の誰かにウケなかった点でさえ、見る人が変われば「それ最高!」になる可能性もある。だから人生は面白い。「優れた私・優れた誰か」を探して途方に暮れるなんて時間がもったいない。出会いの春に、自分とひとの面白いところをたくさん見つけにいこう。

 

 

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この記事を書いたライター

広告会社コピーライターからなぜかダンサーに転身、その後IT企業でライター&クリエイティブディレクターとして勤務。共同購入「ギャザリング」やブランド買い取り「ブランディア」の名づけ親。2000年から「広野ゆうな」のペンネームでメルマガやブログを書き続け、ごく一部でコアな人気を博す。現在はフリーでライティング、ネーミング、コピー、コラム、振付など手がける。Blog: 「フーテンひぐらし」 Twitter: @HironoYuna
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